インターネットの開発思想(2)
インターネットが「もと核攻撃による中央情報施設壊滅を避けるために構想された」という考え方はあくまで国家や軍の考え方であり、実際にIPTOでARPAネット開発に携わっていた科学者たちの考え方はそうではなかったということを先日書きました。
現にIPTOの3代目部長ロバート・テイラーは「核戦争を避けるためのネットワークがインターネットの母体になったという説が、いかにおいしい話であろうとも、当時のARPAネット責任者として、それは断じてなかったと証言します」という講義文をタイム誌の編集長に書き送っているのですから。
さらに、IPTO4代目の部長ラリー・ロバーツも「インターネット年代記」の中で先のポール・バランの報告書によって、インターネットは核戦争に耐えるべく軍によって構築されたという噂が広まり始めたことを受けて、「これは全くの間違いである。たとえRAND社がこうした前提にたって仕事をしていたとしても、ARPAネットもインターネットも、リックライダー、クレインロック、ロバーツのMIT派の仕事から生まれてきたのであり、ポール・バランの仕事とは何の関係もない。」と断言しています。
とはいえ、デジタル通信の萌芽である「パケット交換方式」と「TCP/IP」の技術は現在でもインターネットの基幹です。
核攻撃による電磁波の影響を考慮したものであったにせよ、バランがRANDで開発した「パケット交換方式」が当時通信業界の巨人として君臨していたAT&Tの「通信はアナログでやるもので、デジタルでやるものではない」という猛反発を受けたという事実を考えれば、この「パケット交換方式」という技術はIBMと並ぶ世界屈指の企業を根幹から揺るがすものであったことは十分に想像できます。
だからこそ、ロバーツもバランの技術を積極的にARPAネットに取り入れたはずなのです。
デジタル通信の基幹を担う「パケット交換方式」抜きに今のインターネットは考えられないはずなのですが・・^^;
インターネットは「たくさんのネットワーク同士がつながり、無限に拡大する可能性をもったシステム」なので、ネットワークや技術の合流というダイナミズムそのものを、ひとつのシステムとみなしたものです。
したがってその歴史を考える場合、ひとつのネットワークや技術だけをたどると、様々な偏見や誤謬を生むことになってしまいます。
タイム誌の誤解も「パケット交換方式」=「インターネットの基幹技術」、「パケット交換方式」=「ポール・バラン」、「ポール・バラン」=「RANDの研究員」という単線的な関係を「インターネット」=「ARPA」というカッコでくくってしまった結果のように思われます。
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